ストーリー
舞鶴の小さな店舗から始まった食品店 ベルマートいいだのストーリー
まだ、街が闇に閉ざされているころに、港に向かってクルマを走らせる。
今日はどんなサカナが待っているかな。
ほくそ笑んでいる。
暑い日も寒い日も雪の日も。
1977年、中舞鶴に、第一号店「ベルマールいいだ」がオープンした。
25坪の狭い店。外観も全然スマートではない。でも、品質では、どんな店にも負けたくなかった。
ほとんど毎朝…出張のときは以外は、ほぼ100%。朝5時に起き、社長みずから小型トラックのハンドルを握り、飛び出していく。
舞鶴、宮津、小浜、という3つの漁港が近くにある。困ったことにいい魚がどこに水揚げされるか、その朝にならなくてはわからない。
たとえば「うちは、小浜」と決めて、そこだけと取引したら、簡単だろう。でも宮津まで足を運んだら、もっといい魚が揚がるかもしれない。
そう思ったら、いても立ってもいられない。当然の成り行きとして、3つの港すべてに毎朝足を運ぶ。
日本海側、舞鶴の冬は、本当に寒い。大陸からの零下何十度という寒気が、この街を包む。雪が降っても積もらずに、風に舞うような場所。
でも、それほどに寒い気候が、海の中まで凍てつかせ、身の締まったうまい魚を育ててくれる。
モコモコの分厚いジャンパーに身を包み、浜に降り立つ。
身がいたいほどに冷えていて、冷蔵庫なんて必要ないと思えるほどの市場のなかには、もういっぱいの魚が待っている。
「おはよう。今日はどうだい?」
知り合いの仲買に大声をかけると、
「見てよ。このハタハタ!最高だよ」
そして、社長は、トロ箱といわれる木箱のなかの、魚の表情に釘付けになる。
目の色を見て、肌の色を見て、身の付きを調べる。
「いいねぇ。これ。いくら?」
「×××××」
「じゃ20kgほど、積んでちょうだい」
商品の仕入れは、いつでも博打のようなもの。つぎの港には、もっと品質がいい魚が、安い値段で待っているかもしれない。商品の値付けに失敗して、仕入れた魚の半分も売れず、捨てて腐らせたことも数知れない。
「でもさぁ、大手のスーパーマーケットなんて、魚の名前もろくに知らないバイヤーがごろごろといるんだよ。本当に。そんな会社に負けられないよね」と、社長。
眠くない朝など一度もないし、寒さに慣れることもない。だけど、いちばん旨い魚たちが、競合店に並ぶようになったら、口惜しいじゃないか。それでは「こだわりの店」の名前に恥ずかしい。
だから、いまでも真っ暗な朝を走って、旨い魚に会いに行く。
両手いっぱいのサンプルを、車座になってみんなで食べた。
こんな商品、いつかうちでも置きたいねって。
旨ければ旨いほど、口惜しく感じた、10年前。
出迎えたスタッフは目を丸くする。
「また、社長が東京から新しいもん買ってきたって!」
「みんなおいでよ。食べてみようよ」
色々なチェーンのマークをついたスーパーの袋を両手に下げて、飛行機に乗るのは、相当恥ずかしい。フライトアテンダントの女性も、手を貸していいものなのか、困ったような顔をしている。舞鶴に戻った翌日に戻った翌日には、店中のスタッフを集めて試食会がはじまる。
「おや、今日はスパゲティえですか?」
「パスタっていうんだよ。東京じゃ」
笑い声のなか、紙の器に小分けにされたパスタが回る。
「ほうれん草のタリアテッレっていうんだ。これ」
「下噛みそうな名前やね。どれどれ、一つ試してみますか? あ、うまい!」
「こんなスパゲティも、あるんだね」
「パスタだってば」
社長は、東京で見てきたものを、夢中になって話していた。こんな大きな冷蔵庫があって、牛乳だけでも壁一面に積んであり、20種類ぐらいのパスタが並ぶ売り場があって、レジのスタイルは…。